ロゴマークの印象はとにかく第一印象が全てでしょう。印象に残るようなロゴマークをしっかりと作ることが必要になるのです。ロゴは会社の名前の次に大切な存在とも言えるでしょう。しっかりとした会議を重ねていくことがより重要になるかもしれません。社員たちの意見もしっかりと聞くようにしましょう。色にもこだわりたいものですね。
「昨日を捨てることなくして、明日をつくることはできない」(P.F.ドラッカー) 「捨てる決断」をした近年の快挙は、Appleだ。2001年、従来のOSを捨て、新OS「OS X(オーエステン)」に切り替えた。コンピュータのOSの全面切り替えは、大きな賭けである。その後のiPadの成功が、Appleの「捨てる決断」の正しさを証明している。
しかし実に驚くべきことだが、捨てる事業を選択し、一方で新規事業を立ち上げることを決断し、そのために資源を投入しようとすることに無関心な経営者が余りにも多過ぎるということが、筆者の実務経験やコンサルティング経験から言える。
捨てる事業や新規事業について必要性を感じていないとか躊躇(ちゅうちょ)しているとかというのなら、その前に一旦はテーマとして意識したのだろうからまだ救いがあるが、どうやら彼らの多くは、捨てる事業にも新規事業にも最初から関心がないようなのである。
なぜか。アンケート調査などが手元にないので統計的根拠があるわけではないが、実務経験から推測されることは、(1) 自分の代のことだけを考え、次世代のことを考えていない、(2) 失敗したくない、(3) 新陳代謝を考えることが煩わしい、からだろう。
企業も生物も、新陳代謝が適切に行われないと生きることも成長することもできない。新陳代謝に無関心な経営者が率いる企業は、成長どころか、生き延びることさえ叶わない。
「昨日を捨てること」「明日を作ること」が如何に難しいか、そして経営者たちがどのように考えているのか、経営の現場の実態を垣間見てみよう。特に「明日を作ること」に躊躇なく取り組んだ、偉大な経営者についても紹介したい。
音響機器メーカーアイワが、明日を作り得なかった好例である(日本経済新聞’10.11.9.)。
「円高はどんどん進む。法人税も高い。政府は当社を日本から追い出しにかかっているとしか思えない。海外移転は資本の論理からして当然である」
1ドルが80円を切った1994年、音響機器メーカー、アイワ卯木肇元社長の歯切れの良い発言だ。今の苦しむ企業を、代弁しているかのようでもある。98年アイワの海外生産比率が90%に達し、業績も伸びた。しかし、付加価値を高める企業努力が後手に回った。ミニコンポをはじめとしたアナログ製品の海外生産にかけて一時大成功したアイワは、半導体やインターネットなど次世代技術を研究する動機に乏しく、デジタル家電の技術に通じた人材の育成に心が及ばなかった。
某家電メーカーA社は、高収益率の大型家電品から、ジューサーミキサー、シェーバー、電気歯ブラシなど小物に到るまで、何もかも製作していた。系列の家電販売店での品ぞろえ陳列が必要だったからだ。製造の型も古くなり、評判もいまひとつの小物家電品は大赤字なのに、経営者は内製にこだわり、競合メーカーにOEMや製造委託で製作依頼するなどという発想についぞなることなく、昨日にしがみつき続けた。昨日にしがみつく経営者は、明日のことを考えないものだ。A社の場合も、明日の柱となる製品は育っていない。
某情報システムメーカーB社のマルチメディア事業部は、いくつかの新分野製品を抱えていたが、記録メディア製品が赤字で悩んでいた。あるとき本社業績会議で、社長から「赤字製品は止めろ」と気合を入れられた事業部長は、オフィスに戻るや「記録メディアは止める」と叫び出した。新分野事業部として立ち上げてまだ3年、発展途上でもあるし、現有製品を止めるということはそこに関わる間接員や関連間接費用の処置の問題もあるし、多くの問題をはらむ。
ライン部門の経験がないまま、スタッフ部門から来た新任事業部長の消化不良の指示に、製造、営業の現場は混乱した。昨日を止めるにしても、止めるルールというものがあるし、一方で明日への見通しを持たなければならないのに、当該事業部長は、昨日に対しても明日に対しても、明確なビジョンを持ち合わせていない。ただ「社長に赤字は罪悪だと言われたから、止めるのだ」。およそ経営者ではない。
以上はいわゆる反面教師の例だが、明日の準備を周到に行った優れた経営者の例がある。
某電機メーカーの某事業所は、家電品と産業機器を生産していた。しかし、ある時期5年間勤めた事業所長Cは、就任間もなく開発部を設け、当初C自ら部長を兼務し、猛然と開発に投資を始めた。常に複数のテーマを持って開発に取り組んだ。省力機器などは従来技術の延長線上のテーマだったが、情報機器やシステムなどの多くは事業所にとって未知の新技術だった。時代の先を読んだ先見の明があった。量産に到らなかった製品は多かったし、開発の目処が立ったところで、本社裁定で強制的に他の事業所に製品移管をされた例もある。
しかし、何年もかけていくつかの製品が、事業所の大きな柱に育った。昨日を捨てなければならない事態に到ったとき、思い切りがつくだろう。
ここで注目したいのは、Cの明日への取り組み方だ。Cは時間さえあれば、事業所の中をくまなく歩き、部下の指導は飛び切り厳しかった。本社におもねることは、一切なかった。当時必ずしも事業所全体の業績は、開発に投資を割くほどの大きな余裕はなかった。しかし、最初からCに迷いはなかった。事業所が本社から独立採算制になっていて、業績管理が事業所長の裁量に任せられていた利点もあったため、Cは事業所長に就任するやすぐ開発部を設置し、人と金を開発に投入し始めた。いつ昨日を止めなければならない事態になるか分からないため、Cは布石を打ったのだろう。これほどの洞察力を持ち、明日のために許される範囲で今日を犠牲にし、長い目で手を打った経営者は、極めて数が少ないと思う。
「自ら未来をつくることにはリスクが伴う。しかしながら、自らリスクをつくろうとしないほうが、リスクは大きい」(P.F.ドラッカー「明日を支配するもの」ダイヤモンド社)。
もう一つ、今この閉塞期にこそ大いに学ぶべき好例がある。リコーの「新規事業に開発費25%」である(’11.1.25.日本経済新聞)。昔の経験だが、通常の企業には見られないほど、製品の開発や製造に、営業の意見を取り入れるリコーの姿勢に感銘を受けたことを鮮明に覚えている。今回の新規事業への重点シフトも、企業の触覚が鋭い一つの現れだろう。
リコーが将来の利益成長が見えにくい複写機などの事務機器部門に代わる新たな収益源として、プロジェクター・企業向け経営コンサルティング事業など新規事業の育成を急ぎ、新規事業の売上高を、現在の15%から2015年には25%程度に引き上げる計画だ。そのために研究開発費の約25%(従来比数%アップ)、研究開発部門の人員の約25%(従来は数%)を、新規事業に割く。
以上垣間見てきた経営現場の実態をまさに戒め、かつ裏付けるP.F.ドラッカーの格好にして、極めて具体的な主張がある(上掲書)。
「今日のような乱気流の時代にあっては、変化は常態である」「急激な構造変化の時代にあっては、生き残れるのは、自ら変革の担い手、チェンジリーダーとなる者だけである」「チェンジリーダーとなるために必要とされる条件の第一が、変化を可能にするための仕組みとしての廃棄である」そして「廃棄」のときとして、(1) 製品などの寿命が、まだ数年はあると思われるような状況になったとき、(2) 製品などが、償却済みを理由として維持される状況に到ったとき、(3) 昔ながらの製品などが,これから成功させるべき製品などを邪魔するようになったとき、とする。廃棄決断のタイミングが、如何に大切かが分かる。
さらに、「廃棄は、体系的な作業として行う必要がある」として、あるサービス受注会社が、毎月第一月曜の午前中、全従業員で自社活動のすべてについて廃棄をするための点検会議を開いて成功している例を挙げている。そして、チェンジリーダーになるためには2つの予算が必要であるとする。1つは事業継続のための予算で全予算の80〜90%、もう1つは未来のための予算で10〜20%、好不況に関わらず一定に保つべきとしている。
「廃棄」と「明日をつくること」を、日常業務の中に組み込んでいるのである。世の中の多くの経営者に心してもらいたい、優れた着想である。【コラム】ホームページ制作支援【増岡直二郎(nao IT研究所)】
(ITmedia エグゼクティブ)
ロゴマークとお客の印象について
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