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誰が見ても解るように作られたロゴマーク

2011
20
July

企業や団体の存在を解りやすく現わしたものにロゴマークがあります。今にロゴマークは何をしている企業なのか、どんな団体なのかが一目見てすぐ解るものが多いです。問い合わせする時もマークで覚えている時があります。また、子供関係の商品を扱う企業の場合は、子供にも興味関心を持たせるマークを使っているところもあり、楽しいです。
 新橋演舞場は4日、「壽初春大歌舞伎」(1月26日まで)の昼の部「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿」に出演中の中村芝翫さん(82)が体調不良のため、5日から休演すると発表した。代役は中村橋之助さんが務める。 

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 新橋演舞場(東京都中央区)は4日「寿初春大歌舞伎」(2〜26日)の昼の部「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 三笠山御殿」に出演中の中村芝翫(しかん)さんが、体調不良のため休演すると発表した。5日からの代役は中村橋之助さんが務める。芝翫さんは体調が回復次第、復帰するという。

 新橋演舞場(東京都中央区)は4日「寿初春大歌舞伎」(2〜26日)の昼の部「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 三笠山御殿」に出演中の中村芝翫(しかん)さんが、体調不良のため休演すると発表した。5日からの代役は中村橋之助さんが務める。芝翫さんは体調が回復次第、復帰するという。

 松竹は4日、東京・東銀座の新橋演舞場で1月26日まで上演される「寿初春大歌舞伎」に出演中の中村芝翫(しかん)さん(82)が、体調不良のため、5日から休演すると発表した。

 代役は中村橋之助さん(45)が務める。回復を待って、復帰の予定。

 歌舞伎史上初の海外公演を1928年にソ連(現ロシア)で行った二世市川左団次(1880〜1940年)に、ソ連政府が現地の新聞記事、写真などを集めて贈った「貼り込み帳」の内容が、初めて明らかになった。

 遺族が早稲田大演劇博物館に寄贈していたが、内容は一般公開されていなかった。

 二世左団次は歌舞伎のほか、西欧演劇の上演、古い歌舞伎演目の復活を進め、永井荷風ら協力者を集めて演劇界の活性化に努めた。28年にソ連に渡り、モスクワ、レニングラード(現サンクトペテルブルク)で「忠臣蔵」「娘道成寺」などを上演、歓迎を受けた。

 ソ連政府は「ソビエト連邦での歌舞伎」と題した革表紙のスクラップブック(縦36センチ、横53・5センチ、台紙66枚)を作成。現地の新聞、雑誌、写真などを張り付け、記念品として左団次に贈った。記事は、歌舞伎を紹介したものから劇評まで幅広く網羅、中央アジアなど地方の記事も丹念に集めている。

 左団次が、「戦艦ポチョムキン」で知られる映画監督のセルゲイ・M・エイゼンシュテインと一緒に写った写真などもあり、ソ連の文化人が歌舞伎に強い関心を寄せたことが分かる。

 大分市のトキハわさだタウンで2日、1年間元気に過ごしてほしいとの願いを込めた新春太鼓公演があった。豊後大野市三重町の豊勇会のメンバー約10人が4曲を演奏=写真。大勢の買い物客が勇壮な太鼓の音に足を止め、正月気分を味わった。穴南幸司会長(43)は「今の若者に日本固有の精神(文化)を感じてほしい」と話した。

1月4日朝刊

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 新春公演初日を迎えた国立文楽劇場(大阪市中央区)で3日、文楽人形による鏡開きが行われ、人間国宝の大夫や文楽人形とともに多くの人が新春を祝った。

 鏡開きは同劇場の開館以来25年以上続く恒例行事。門松や紅白の玉飾りが並ぶなか、天下太平、五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する縁起のいい演目『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』に登場する文楽人形2体が晴れ着姿の来場者らに振る舞い酒を注ぐと、用意した500個の酒升はすぐになくなった。

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 歌舞伎俳優で人間国宝の中村富十郎(本名・渡辺一=わたなべ・はじめ)さんが3日午後8時38分、都内の病院で死去した。享年81歳。1943年の初舞台以降、半世紀以上にわたって第一線で活躍。バイタリティーあふれる演技を見せていたが、昨年11月、東京・新橋演舞場で行われた公演を体調不良で途中降板していた。今月2日から同所でスタートした公演にも出演を予定するなど、舞台への意欲は最後まで衰えていなかった。

 “生涯現役”を貫き、80歳を過ぎても芝居への探求を続け、確かな演技力で多くの歌舞伎ファンを楽しませてきた富十郎さんが、静かに息を引き取った。

 昨年3月の東京・歌舞伎座公演では「石橋(しゃっきょう)」で長男・鷹之資(たかのすけ、11)と共演。最後の歌舞伎座公演となった4月にも「熊谷陣屋」で弥陀六(みだろく)を生き生きと演じ、9月にも東京・新橋演舞場の「秀山祭九月大歌舞伎」に出演したが、10月の同所公演を休演した。翌11月に復帰したものの体調を崩し、途中降板。当時は持病であるひざの状態が良くないためと発表されていた。

 今月2日から始まった同所公演「壽 初春大歌舞伎」にも出演予定だったが、初日から休演。劇場関係者は「体調が戻り次第、復帰する予定です」と話していたものの、ごく近い関係者は12月中旬から、かなり体調が悪化したことを聞かされていたという。また、大腸がんを患っていたという話もある。

 東京で生まれたが、父と関西へ移り、1943年に4代目坂東鶴之助を名乗り、大阪・中座で初舞台を踏んだ。当時は、その美ぼうから2代目中村扇雀(現在の坂田藤十郎)とともに「扇鶴コンビ」と呼ばれて人気に。のちに関東に戻って菊五郎劇団入りした。滑らかな口跡によるセリフ回しと、芸の幅広さは現役随一を誇り、72年に5代目中村富十郎を襲名。94年には人間国宝に指定された。

 96年、33歳年下の元女優・正恵さんと再婚。舞台共演をきっかけに交際が始まってのゴールインとなった。婚約会見では娘ほど年が違う正恵さんに対し、「落ち着いた品の良さと、優しい人柄にほれました。もちろん、恋愛結婚です」と、のろけていた。99年には鷹之資が誕生。69歳で父親になった時には「高齢パパ」として話題になった。

 昨年4月30日の歌舞伎座閉場式では「私の座右の銘は『温故知新』。その言葉通り、皆さんも古い歌舞伎座を心の中で温めておいていただき、新しい歌舞伎座で、再びお会いするのを楽しみにしています」と、笑顔で話していた富十郎さん。その願いは、かなわなかった。

 

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